逆チョコという習慣があるらしい
ショートショート / 2009年02月 / あるらしいぞ。
どうやら最近では逆チョコという習慣があるらしい。

よくわからないが、これはバレンタインにむしろ男子から女子へチョコを渡すという趣旨であるようだ。

私もそれに倣い、意中の彼女へ逆チョコを渡してみようと思う。

しかしただのチョコでは芸がない。凡庸は私の美学に反する。
逆チョコというぐらいだ、原材料からこだわって逆を追求せねばなるまい。

つまり砂糖の代わりにに塩、カカオのかわりにおかか。
粉乳など使わない。日本人ならだし汁だろう。
ココアバターのかわりに小麦粉と卵を。
煮てから固めて冷やすなどしない。鉄板で焼き、熱々のうちに食べるのだ。
形状もありきたりな板状では印象に残らない。ここは食べやすくかわいい小さめの球状にしよう。
甘いのがチョコという固定観念は捨てた。添えるのは紅しょうが。普通の茶色ではなく、イチゴのスイートなピンクでもない。鮮烈な紅だ。
チョコエッグ的なサプライズ要素も取り込まねばなるまい。流行は過ぎたが、あえて選ぶのが意外性というものだ。入れるものは、そう、新鮮な魚介類などがいいだろう。タコなんか意外性で選ぶならば満点だ。

ラッピングは素朴に。しかしさりげなく和風のテイストを取り入れる。洋のイベントであえて和。逆チョコの精神である。

……完成した。
これだけこだわり。私は逆チョコの真髄に世界で一番近い男に違いない。いや、これは言いすぎか。

バレンタインには時期尚早、だがしかしこの熱い思いは今すぐ彼女に届けねばなるまい。
先に届けることによって、彼女がバレンタインのチョコをくれるきっかけになるのではないかという打算的な下心も実はある。



私は彼女の家に向かい、チョコを手渡した。
「逆チョコってやつだよ」私はぎこちなく照れ笑いし、彼女は少し驚いた顔をしながらも受け取ってくれた。

次の日、彼女からメールが来た。
『たこ焼きありがとう!チョコって言ってたからびっくりしたけど、美味しかったよ(笑)今度のバレンタインにでもお礼するね(*^-^*)』

たこ焼き?
なるほど、逆チョコをたこ焼きに見立てる、関西出身の彼女ならではのジョークということか。
関西流のジョークセンスというものを私も学ばねばなるまい。

――ともかく彼女は喜んでくれたらしい。成功だ。
こだわった甲斐があったというものだ。
私はよし、と小さく心の中でガッツポーズして携帯を閉じた。
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